公演によせて(井上麻矢)

コロナ禍における取り組み

この一年半にわたるコロナ禍の影響を受けて、「マラー/サド」作品も大きな影響を受けた事を心痛く思っています。最初に「不要不急」の名指しをされ、そしてその後公演が出来るか出来ないか、出来るのであれば感染対策に追われ、様々な規制がかかり現在も続いております。幾重にも困難の波が押し寄せて特に招聘に関わるものは世界的パンデミックの中では何一つ動かなくなったであろうと推察するとその心中は想像を超える現場だっただろうと思います。

「演劇は力の集合体」であり、それだけ関わる方が多いものです。個人だけでする仕事はほとんどなく、皆が一つの作品を作るために目標に向かって出来る事をしていくというカンパニーの性質上、慎重に動かなくてはならない事で疲弊が色濃くなりました。

それでも2021年に照準を合わせての再スタートをどんな形で応援するのがいいのか、いつも考えております。

新しい取り組みをする東京ソテリアの皆さん、そして劇団の皆様に心から敬意を表します。

かつて私が父・井上ひさしの愛したボローニャを旅していた時、あまりに沢山の劇場があるのに驚きました。その劇場には魂が宿り、方向性がはっきり出ていた事が印象的です。これはとても大きな衝撃でした。今でこそ「多様性」という言葉が頻繁に使われるようになりましたが、そんな言葉の一人歩きではなく、実のある世界がそこには拡がっていたからです。多様性と一口に言ってもその向かう先はあまりにも果てしがありません。

試験的に医学的な見地から演劇を用いている団体、社会復帰のために作られる団体はそれぞれに演劇を通して、肉体と精神に大きな素晴らしい影響を与える事を目の当たりにしてまいりました。それはボローニャにおける演劇の多様性をも示唆していました。演劇が将来的に担う部分はもちろんのこと、エンターテイメントだけではない取り組みの挑戦としてジャンルがいくつもあることを私に教えてくれたのでした。

その取り組みを日本で展開しようとした東京ソテリアの先見性、そしていいものはいいのだと積極的に取り入れる揺るぎない社会性に大きな注目が浴びることでしょう。

社会を移す鏡、そして歴史を再現する装置が演劇であるならばコロナ禍に於いて、演劇が将来的に担うものはもっと大きくなったと思います。既存の価値観が大きく変化したこの二年弱、その価値観の延長線上に何が待ち受けているのか…しっかりと見極めながらいかに嘘のない活動をしていくのかそれぞれが考えを改める時代となりつつあります。

今回はそのスタートラインに過ぎず、確かな足跡を残す一歩となりますように願ってやみません。

劇団「こまつ座」 代表取締役社長
井上麻矢

1967年、作家、劇作家の故・井上ひさしの三女として東京・柳橋に生まれる。千葉県市川市で育ち、御茶ノ水の文化学院高等部英語科に入学。在学中に渡仏し、パリで語学学校と陶器の絵付け学校に通う。帰国後、スポーツニッポン新聞東京本社勤務。二女の出産を機に退職し、母として様々な職を経験する。その後、二期リゾートで二期倶楽部東京直営ギャラリーの企画を担当する傍ら、IFPA(英国)認定国際アロマセラピスト、フィジカルトレーナーとして活躍。2009年4月こまつ座入社。同年7月より支配人、同年11月より代表取締役社長に就任。2014年市川市民芸術文化奨励賞受賞。2015年、井上ひさしから語られた珠玉の言葉77をまとめた「夜中の電話―父・井上ひさし最後の言葉」と、自身が企画した松竹映画「母と暮せば」【第39回日本アカデミー賞優秀作品賞受賞】の小説版「小説 母と暮せば」(山田洋次監督と共著)を連続刊行。2017年1月東京新聞朝刊「私の東京物語」連載コラム執筆(月~金、2週間 全10回)。2018年5月「女にとって夫とはなんだろうか」(西舘好子氏と共著)を刊行。こまつ座所属(プロダクション尾木と業務提携)こまつ座は2012年に第37回菊田一夫演劇賞特別賞、第47回紀伊國屋演劇賞団体賞、フランコ・エンリケツ賞(イタリア)、2016年に『マンザナ、わが町』で第23回読売演劇大賞優秀作品賞、2017年に『きらめく星座』の成果により平成29年度(第72回)文化庁芸術祭演劇部門・関東参加公演の部にて大賞を受賞。2020年、第5回澄和Futurist賞受賞。

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