こういう時だからこそ、あらためて見直す演劇交流の力
イタリアの演劇を専門としながら、長い間日本とイタリアの演劇を通した交流の場面に立ち会ってきた。日本ではおもにイタリアの劇団の来日公演に関わり、在イタリア日本大使館やローマ日本文化会館に勤めていた時には日本の劇団のイタリア公演のお手伝いをした。実際に公演を実施した劇団やプロジェクトの他、日本とイタリアの間の連絡の仲介をしたり、調査をしたりという仕事もあった。
そうした経験から言えるのは、演劇交流の現場はいつもとても”熱い“ということだ。おそらくそれは、演じる者と見る者が同じ空間と時間を共有するという演劇そのものの性格によるのだろう。しかも、舞台公演の場合、稽古やリハーサルの段階から両国のキャスト、スタッフの間の緊密なコミュニケーションが欠かせない。
自分の専門分野なのでひいき目があるかもしれないが、いろいろな芸術ジャンルの中でも、異なる文化を持つ人々が直接触れ合いながら1つの目的を達成するという点で、演劇は大きな力を持っていると思う。だから、演劇交流の現場はいつも”熱い“のであり、人々にひときわ大きな感動をもたらすのだ。
アルテ・エ・サルーテ劇団の『マラー/サド』は、2018年10月に初めて日本で上演された。それが各地で大きな反響を呼び、2年後の2020年に再来日の計画が立てられた。そして、再来日公演では日本側から数人のキャストが参加することに決まった。2019年秋、演出のナンニ・ガレッラ監督が来日して各地でオーディションを行い、出演候補者を選んだ。そして、2020年初めからキャスト候補を含めた参加希望者による基礎訓練が始まったが、その直後、世界的な新型コロナウィルス感染の爆発によって中断を余儀なくされた。その後も事態は治まらず、最終的に日伊共同で動画を制作し、配信することになった。
私自身は、2019年に名古屋で行われたオーディションに立ち会った。その後、稽古開始後の様子なども聞いていたが、まさに出鼻をくじかれるような展開に、参加者の戸惑いやショックは大きかったに違いない。それでも何とか稽古を再開し、動画制作を目指して活動を続け、完成までこぎ着けたことは、それだけでも高く評価すべきだろう。最終作品はもちろん大事だが、それを共同で創り上げるまでの1人ひとりの経験の蓄積こそが、このプロジェクトの大きな成果だと言える。
今回は生の舞台公演ではなく動画制作という形ではあるが、演劇交流の持つ力の大きさをあらためて認識させてくれるものと期待している。
静岡文化芸術大学理事・名誉教授
元ローマ日本文化会館館長
高田和文