体験レポート(中川 義文)

残酷なる道行き……

先だって、「マラー/サド」大阪チームの撮影が終わった。2年にも渡るプロジェクトがようやく一段落した。緊急事態宣言下にも関わらず、撮了できたことは奇跡としかいいようがない。だが、苦労して撮影した映像が採用されるかは分からない。残酷だが、我々には決定権はないのだ。

私は 2019 年より、日本人出演者の演技指導者として当初は大阪・浜松名古屋・東京と関わっていた。初めての稽古が各地域で終わったときに気づいたことがある。この企画の成否は、日本人キャストにかかっている、と。

イタリアありきでもない、作品ありきでもない、ましてや企画や予算ありきでもない。なにより日本人キャストを最も大切にしなければならない。それこそが企画成功への最短距離だと感じた。言いかえれば、それだけ尊重しなければならないと思わせてもらえる人たちが、全地域で集まったのだ。私の仕事は、日本人キャストが最高のパフォーマンスを発揮できるようなお手伝いをすることである。
今回の撮影までの過程も、私はほとんど口を出していない。ほんのちょっとしたアドバイスをすることはあっても、全ての決定権をキャストに託した。映像を見たお客様がなにか感じることがあったとすれば、それは全てキャストの成果である。

また、指導半ばで関わりを絶たなければならなかった浜松名古屋・東京の皆さんも、最高のパフォーマンスをしてくれているものと思っている。

芸術はときに残酷だ。

なかでも演劇は、お客様に作品完結への道行きを提供する数少ない芸術である。それは演技と称しながら、自らと向き合い・自らをさらけ出す行為となる。

この 2年、様々なことがあった。私は指導者として、今一度振り返らなければならない。果たして、「目の前の人を大切にできた」のだろうか。企画の魅力や演技指導の技術で人を2年も惹きつけられはしない。ホスピタリティの質の高さこそ求められた期間であったと、感じている。

その点を信じ、突き進んだため東京ソテリアスタッフにはかなり厳しい注文をつけてしまった。この場を借りて、お詫び申し上げます。

最後に、この2年間関わっていただいた全ての方に感謝いたします。

演劇は、人が成⻑する過程を、己が肉体をつかって表現する芸術だ。出演者の2年に渡った、残酷なる道行き、に想いを馳せたい。

中川 義文
俳優/ワークショップファシリテーター
(兵庫県立ピッコロ劇団員、おおさかチーム演技指導)

 

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